2021年の夏、大津市の小学校に通う女児(6)が、当時17歳の兄に暴行され命を落とした。周囲から「良いお兄ちゃん」だと思われていた兄は、母親のネグレクトによりヤングケアラー状態に陥り、ストレスを爆発させるように幼い妹に暴力を振るい続けた。

女児の死亡から2年余り。私たちは幼い命がなぜ奪われたのかを考えるため、事件の詳細を改めて取材した。母親の不在、養父の逮捕、複雑な家族関係、そして薬物がすぐ身近にある生活。見えてきたのは、親に振り回された子どもたちが、異様な環境の中で孤立し、追い込まれていくまでの過程だった。

蒸し暑い夏の朝だった。2021年8月1日午前9時半ごろ、大津市郊外の住宅街で、ある一軒家のインターホンが鳴った。
家主の男性は玄関を開けて外を見たが、誰の姿も見えない。いぶかしく思った男性が視線を動かすと、玄関前の階段を下りたところにある門扉の向こう側から1人の少年が顔を見せた。
10代半ば、高校生くらいだろうか。茶髪でラフな格好をしているが、その顔に見覚えはなかった。少年は憔悴した表情を浮かべ、もごもごと何かを言っている。
「何かあったの?」
「妹が…ジャングルジムから落ちた」
「救急車は呼んだの?」
「呼んでない」
「電話は?」
「持ってない」
ジャングルジムがある公園は家の目の前にある。少年の顔色を見てただ事ではないと感じた男性は、携帯電話を取りにいったん家の中に戻った後、彼をせき立てるようにして公園に向かった。
敷地内に入ると、一番奥にあるジャングルジムの下で幼い女の子があおむけに倒れているのが見えた。駆け寄って声をかけたが反応は無い。よほど強く体を打ち付けたのだろうか。頭部は転落時のけが防止用に植えられた多年草にもたれかかっていたが、意識がないのは一目瞭然だった。顔は青白く、口元に手をかざしても呼気を感じなかった。
「これはまずい」。男性は慌てて119番し、見たままの状況を伝えた。「見る限り、息をしてない状況です。できるだけ早く来てください」。救急車は数分で到着したが、少年はぼんやりしたまま。セミの声が鳴り響く中、か細い声で「僕はどうしたらいい?」と尋ねる彼に、男性は「責任者はあなたしかいないんだから、一緒に病院に行かないと」と励ますように言葉を返した。
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